「関ヶ原の戦い」が出羽国上山にも、激戦地 大将塚

慶長五年、関ケ原の合戦が出羽国上山にも及ぶ。ここ、物見山合戦の激戦地は、いったいどんな歴史があるのか。一本の老松の下に、大将塚の説明版と碑あり。
名称 | 大将塚(たいしょうづか) |
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住所 | 山形県上山市川口1481 |
アクセス | かみのやま温泉駅より車で8分 |
駐車場 | なし |
まずは「物見山合戦」について知ろう
慶長五年(1600)、関ヶ原の合戦が出羽国上山にも及び、同年9月17日「物見山合戦」が繰り広げられた。上山軍は山形城からの援兵を得て、上山城主里見越後嫡子民部を大将に、地の利を活かした配兵で上杉軍を迎え撃った。
激戦地であったこの場所では、上杉軍大将本村造酒丞親盛が戦死を遂げ、上山軍はその機を逃さず一斉攻撃を仕掛け上杉軍の敗退となった。その後、大将本村造酒丞親盛の霊を弔うため、村人達が塚を築き碑を建てた。
